2013年初夏、 当時僕は学生時代から数えて丸10年, 自宅にピアノがない生活を続けていました。 そろそろ自分のピアノを、
と意気込んで探していたものの、 様々なメーカーの現行品を試弾しては失望する、 と言うことを繰り返していました。「一生の買い物」と呼べるグランドピアノ。誰もが後悔はしたくないはず。 必然と慎重になります。 そんな中、 以前からその名を耳にしていたものの、
僕の興味はまだ漠然としていたFAZIOLIのピアノを思い出しました。 都内にショールームがあることを知り、ある日の昼食後、
何気なく電話をかけたのがきっかけでした。
「ピアノ界のFerrari」と呼ぶ人もいるという新進気鋭、 イタリアメーカーのピアノ。 この呼び方が適切かの議論はさておき、
僕の中には未知なるものへの「期待」と「先入観」が生まれていました。 「ひょっとして, とてつもない価格で、
豪華絢爛な音がするのではないか。」「スポーツカーのようにアクの強い性格なのではないか。」 これらのイメージは、
良い意味で裏切られる事となります。
ショールームに到着すると、 なんとアレック・ワイル社長自らが出迎えてくださり、 中を覗くとそこは洗練されたモダンなショールームでした。
FAZIOLI 社の様々な大きさのピアノがきれいに並べられており、 これはピアノ演奏者にとって、
突如見た事も無い遊園地に出くわしたようなものでした。 飛びつくように試弾をさせて頂きました。 まずは小さいサイズから、
そして順に大きいサイズへと・・。 最初に弾いた (最も小さいサイズの) F156から大きな衝撃がありました。
通常そのサイズのピアノでは考えられないような芳醇さ、 反応の鋭敏さ。 突如として頭の中に、
色彩に富んだ光の格子の様なものが巡ったような感覚を今でも覚えています。 F183、 212、 228、
278・・とサイズを上げていくごとにそれらの要素はより深みを増し、また「FAZIOLI のピアノ体験」は、
自分にとってまったくの初めての体験であることがわかってきたのです。
この時に感じた、 そして今でも変わらない幾つかの印象をあげます。
・ 音色は極めてbrilliantで、 人によっては明るい印象を受けるかもしれない。
・ 音の輪郭は滑らかでありながらハッキリしている。 また, どんなに音数が増えても、 それらが互いに邪魔をしたり、 ぼやけたりすることはない。点描画のようにミクロに独立した要素が、マクロで美しく調和する。
・ 高音の伸びがすばらしく、 中低音と同等に芳醇、 豊かである。
・ タッチやペダルの反応が鋭敏であり、様々なニュアンスで弾き(踏み)分ける事が可能である。
・ 楽器全体のバイブレーションを強く体感でき、 倍音を捉えやすい。
・ 楽器の大小による鍵盤タッチの差が他の製品よりも小さく、 本番が想定しやすい。
書き出せばキリがないのですが、 あらゆる要素が精彩です。 しかしそれらが異端なものではなく、 正統派足り得る説得力を持ち合わせています。
そして最後に演奏者にとって極めて重要であり、(個人的には) 昨今のピアノでは消えつつあると感じている、
大きな特徴があります。それは「表現のrangeが大きい事」 です。 それは言い換えると、奏者に自由と共に責務を与えることでもあります。
こちらの意図に素早く反応して美しい音色で答えてくれる事もあれば、ふさわしくない奏法にはそれ相応の音にしかなりません。
自らの技術が及ばず乱れてしまった音にドキッとすることもしばしばです(苦笑)。しかしこれこそが奏者にとって大切な事で、 誰が弾いても無難で、
大崩れもない音なのでは、工夫のしがいもなくなってしまいます。うまく弾けばうまく、 下手に弾けば下手に聞こえる。 普通の事のようですが、
珍しい事になってしまいました。素晴らしい楽器は、奏者を成長させてくれる楽器でもあることを実感したのでした。
現在はF212を自宅に導入し、充実した環境に満足しております。むしろ楽器に僕が追いついていないようですので、精進するのみです。
精神科医, ピアニスト
神田 周輔
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