どうしてもこの1台!

お客様: 秦はるひ

 10年ほど前、石川県のホールにコンクールの審査で行った時、見慣れぬマークのピアノが置いてありました。訊くところによると、イタリア製で年間生産台数 の少ない、ほとんど手作りのピアノとのこと。弾いてみると、明朗な音でよく歌うピアノだと感じました。以来、ファツィオリを弾くピアニストたちの演奏を聴 き、「艶やかな音質、豊麗な響き、無限の色彩感など、弾き手の欲求に存分に答えてくれるピアノ」という感が、ますます深まっていきました。
 その後、思いがけず創立者で製作者であるパオロ・ファツィオリ氏と知り合い、2006年には、ファツィオリ本社のホールで、CD録音をしました。世界最 大のピアノ、4本のペダルを持つ"ファツィオリ308" での演奏。4本目のペダルは、音色が曇らず音量を減らせるため、ディミヌエンドのグラデーションもデリケートに表現できます。
 ここ数年、30年以上使ってきた自分のピアノが疲弊し、オーバーホールせざるを得ない状況になっており、昨年ついにファツィオリを購入することを決心。 6月の東京文化会館のリサイタルでもファツィオリを演奏しました。指と鍵盤が一体となり、細やかな部分にもついてきてくれて、心底「ピアノに助けられた」 と感じました。
 選定は9月、ヨーロッパに行くついでに、サチーレの本社ですることになりました。ここは工場もホールも一体となっていて、実に合理的です。選定用に3台 のピアノが用意されていました。試弾ルームの壁には、ファツィオリを愛する名ピアニストの写真が、ずらりと並んでいます。 私は違うスタイルの作品を、それぞれのピアノで弾き、間もなく、どうしてもこの1台! と思えるものを見つけました。低音部が頑丈で豊かに響き、その上に乗せる音群とのバランスが抜群に良いのです。
 1時間以上弾いていると、パオロ氏が入室。私は、氏がピアノをすばらしくお弾きになることを知っていたので、「同じ曲を3台で弾いてくださらない?」 と、厚かましくもお願いして、今度は聴き役にまわりました。やはり第一印象は変わらず、パオロ社長に申し上げましたら、「僕もこれが良いと思う」と賛成し てくださいました。迷うことなく選べて、ほっとした気持ちでした。
 晩秋には私の家におさまり、「今日は何をどうやって弾くつもり? どのようでも応えられるよ!」と、毎日言われているよう。自分の腕前も、ピアノに見合って上がっていくことを願う日々です。

Hata Haruhi
東京藝術大学附属音楽高等学校を経て、同大学、同大学院修了。バッハから書き下ろし新作初演まで、幅広いレパートリーを持つ。パリ、トリノ、ソウルなどでコンサートやマスタークラスを開催し、国際コンクールの審査員も務める。


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