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August 2021| ファツィオリ日記トップ | December 2021
2021年の第18 回ショパンコンクールは弊社にとって、大きな喜びで終わりました。
ファツィオリピアノをコンクール全ラウンドで演奏したBruce Xiaoyu Liu(ブルース・シャオユー・リウ、劉曉禹)が見事優勝を飾り、Martin Garcia Garcia (マルティン・ガルシア・ガルシア)が3位、Leonora Armellini(レオノーラ・アルメリーニ)5位と、ファイナルに進出したファツィオリ奏者3名全員が入賞を獲得したからです。ガルシアはコンチェルト賞も受賞しました。
ファツィオリ社が国際コンクールにデビューしたのは2010 年の同第16回コンクールでした。当時コンクール経験のない本社に委託され、日本チームが調律、アーティスト・リレーションなど全面的に担当しました。この時は、4名がファツィオリを選び、3名がセミファイナルに進出、ダニイル・トリフォノフが3位を勝ち取りファツィオリの音色の美しさを世界中に届けました。
その後、ファツィオリは数々の国際コンクールを経験し、今回のショパンコンクールでは、コンテスタントの8名がファツィオリを選定し3名がファイナルに進出、全員入賞・優勝を獲得しました。
非常に多くの方がネットで素晴らしい演奏を鑑賞されましたが、現地でサポートに当たった弊社アレック・ワイルより、コンクールの臨場感とエピソードをお届けしたいと思います。
コンクール会場
コンクールの会場となるワルシャワ国立フィルハーモニーホールは、約1,200席とあまり大きなホールではなく、ピアノからかなり近いところに審査員の席が設けられています。そのため、審査委員は非常に小さなピアニッシモでも良く聴こえる反面、些細なことも聞き漏らさず、わずかな違和感を煩わしく感じる可能性があります。
レオノーラ・アルメリーニのコンチェルトのリハーサル時に審査員席より舞台を撮影
また、世界中で沢山の方が楽しんだコンクールの配信を実現した高い音声・録音技術の一端を写真でご紹介します。ピアノ横のマイクスタンドだけではなく、ピアノの上、そして客席の天井からいくつものマイクが下がっています。しかし、マイクロフォンのバランスは難しい技術であり、いかに素晴らしい録音も、生演奏の素晴らしいシミュレーションであるという事実には留意すべきだと思います。ファツィオリに関しても、ホールで聴いた場合と後日ネット配信で聴いた場合を比べると微妙な音色の差を感じます(勿論、これは録音に付随する普遍の特性ですね)。
夜中の調律
ピアノコンクールの調律は基本的に夜中に行われるため、調律師にとって期間中は非常に過酷です。コンクール使用ピアノは5台のため、調律時間は5等分でローテーションという短い作業時間、常に変化するスケジュール、演奏中はホールで演奏中のピアノの音色を観察、と寝る時間も限られます。また、普通のコンサートと異なり、演奏前にピアノを触ることは許されないので、技術者はピアニストからの直接のフィードバックがない中で調整しなければなりません。
今回のファツィオリ調律師は本社より派遣されたOrtwin Moreau(オルトウィン・モロー)でした。コンクールHPに調律師のリストが表示され、「他のピアノ会社の技術者は数人なのにファツィオリは一人で可哀想」というコメントを多く頂きました。しかし、調律は手分けして行うわけにはいきません。ピアノの状態を適正に一貫した状態に保つために、一人の調律師が手掛けることは重要です。オルトウィンさんは最初から最後まで(3日間の入賞者コンサート中も)ずっと一人で作業を行いました。3日の入賞者ガラコンサートの終了後「これで全ての仕事が完了しました」というメールをもらいました。本当にお疲れ様でした。
第3次発表を待つ間の食事。右から、ブルース・リウ、オルトウィン・モロー、ポーランド代理店の技術者
夜中に作業中のオルトウィン・モロー
ショパン協会HPの調律師リスト
ピアノ庫
ホールのピアノ庫は舞台の下です。舞台のエレベーターでピアノを上げ下げします。
古いホールですので、10月という時期には温湿度変化がかなりあります。ピアノも冷えるし、次第に乾燥していくので、これに対する調整が必要とされます。調律はこのエレベーターで舞台に上げ、舞台の上で行われます。
舞台の下のピアノ庫で出番を待つピアノ
エレベーターで舞台に上げられて行くピアノ
ファツィオリのファイナリスト達
ファイナルの12名中の3人がファツィオリを弾きました。ファイナリスト達の素晴らしい経歴は皆さんご存知のことと思いますので、期間中に垣間見た彼らのパーソナルな面をご紹介します。
レオノーラ・アルメリーニは、2010年のコンクール時に初めて知り合いました。当時から非常に温かくフレンドリーな人です。チェロ奏者の双子の弟さんが付き添いで来ていました。
マルティン・ガルシア・ガルシアもビデオなどで紹介されている通り、明るく朗らかな人柄で、(見た目の印象より遥かに)思慮深い人です。お兄さんのダニエルさんが一緒に来ていました。ダニエルさんは弁護士で、マルティンをずっとサポートしています。
ファイナル演奏直後のマルティン・ガルシア・ガルシア
マルティンのお兄さんのダニイル・ガルシア・ガルシア(左)と伊ファツィオリのコンクール責任者ルカ・ファツィオリ(右)
ブルース・リウは、舞台を降りるとユーモラスでリラックスした人です。3次の結果発表が遅れた時に、ドキドキしで待つのではなく、「もう寝る」と言って部屋に戻りました。いつも夜遅い最後の出番なので、その晩はグッスリ寝て、翌朝に結果を知るというパターンだったようです。
ブルース・リウ
ファイナル演奏終了後、食事をしながら結果発表を待つレオノーラ・アルメリーニ、ブルース・リウ、アレック・ワイル
ライバル同士でも仲良し
コンクールでは当然ながら優勝者もいれば、入賞できない人もでてきます。しかし、ピアノコンクールの参加者はとても仲が良いように思えます。
音楽コンクールの場合、スピードや音量など基本的に計れるものはなく、アーティストは芸術性を競い合います。そして、芸術には「絶対的なもの」はありません。競い合いながらも互いの個性的な芸術性を認め、讃え合います。その結果、各自が得られる喜びはさらに大きなものとなり、ライバル同志であり仲間という素敵な関係が築かれているように思います。
リセプションで和気あいあい
最終結果
トリのブルースのコンチェルト演奏の後で、コンクールの結果を待ちました。
いつも発表はホールのロビーで行われます。
今回も最初はロビーで待っていましたが、発表までに非常に時間がかかったため、ホール内に移動して座って待ちました。
ロビーでの発表を待つ人々
発表を待つ、左からファツィオリ調律師オルトウィン、マルティン、ファツィオリ創立者パオロ・ファツィオリ
ホールでファイナルの結果を待つパオロ・ファツィオリ
最終的に、予定より数時間遅れて現地時間の朝2時過ぎに発表がありました。その後、入賞者たちは翌日から3日間にわたるガラコンサートの説明も聞き、その晩は誰も寝る時間がありませんでした。
ファイナル結果発表
翌日は入賞者ガラコンサートです。会場は、オペラハウスに場所を移しました。そのため、ファツィオリのピアノは夜中に移動され、朝6時から8時の間にオルトウィンさんが調律を終えた後、演奏者はホールで約10分間づつリハーサルの時間が与えられました。
入賞者ガラコンサート初日はポーランド大統領出席の下、ピアノは一台のみ、全員ファツィオリでの演奏となりました。
2日目、3日目のガラコンサートはコンクール会場に戻り、各自コンクール中に弾いたピアノで演奏しました。
第18回ショパン国際ピアノコンクール入賞者ガラコンサート第1日目の演奏はこちら。
ガラコンサートに向けてわずかな時間でリハーサルを行う入賞者達
ガラコンサートはワルシャワ民にとって非常に特別なイベントです。オペラハウスは、特別なイベントに相応しい格式高く綺麗なホールで、フォーマルな装いで来場する方が多いくいらっしゃいます。
最後に・・・
ショパンコンクールのお蔭で、初めて聴く素晴らしいピアニストに出会う経験をされた方も多いでしょう。ショパンやピアノ音楽が世界的に脚光を浴び、ファツィオリも多くの注目を頂きました。皆様に心より感謝を申し上げます。今後、日本でも入賞者ガラコンサートと単独コンサートが開かれる予定です。多くの方が素晴らしいピアニスト達の演奏を直接会場でお聴きになれることを願っています。
同時に、入賞を果たすことができなかったピアニスト達も素晴らしく、多様な音楽を楽しませてくれました。
私から、その中の一人の演奏家をご紹介します。
Aleksandra Swigut(アレクサンドラ・スヴィグト)はポーランド人のピアニストです。2018年に行われた第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールでは第2位に入賞しました。現在、ワルシャワのショパン音大で教鞭をとっています。今回のショパンコンクールの数週間前に彼女は論文を完成させ、博士号を取得しました。彼女の論文テーマは「ショパン時代の楽器での演奏」です。ショパンに関してこれほど学究的な造詣を備えた演奏はないのではないかと思えるほどに、他と比べて、かなり異なる演奏スタイルを持っています。
素晴らしいアーティスト達をこれからも応援していきましょう!
Aleksandra Swigutの1次の演奏はこちらでお聴きになれます。
YOUTUBE:ALEKSANDRA ŚWIGUT - first round (18th Chopin Competition, Warsaw)
中札内文化創造センター ハーモニーホール
採用ピアノ | ファツィオリ F278 |
住所 | 北海道河西郡中札内村東4条南6丁目1−3 |
席数 | 487席 |
2020年に北海道のホールとしては初となるファツィオリを設置した中札内文化創造センター ハーモニーホールは、ギャラリーや図書室などを有する中札内村の文化教育施設内にあり、音響に優れた音楽ホールとして知られている。
中札内文化創造センターを管理運営する中札内村教育委員会の上田禎子氏に、同村が推進する音楽プロジェクト、ピアノ選定の経緯や導入後の状況について伺った。
中札内村教育委員会 教育長上田 禎子(うえだ ていこ)氏
なかさつ音まちプロジェクト
中札内村は、十勝平野南西部、日高山脈札内川の上流部周辺に位置し、日高山脈と清流による美しい景観とアートや文化醸成への積極的な取り組みが特徴の魅力溢れる村である。同村の数ある取り組みの中の一つに2018年に開始した「なかさつ音まちプロジェクト」がある。
「中札内村では、1996年から20年間『北の大地ビエンナーレ』という絵画公募展を通じて村民とアートの村づくりを進めていました。それを引き継ぐ形で、今度は音楽を中心として『なかさつ音まちプロジェクト』を始めています。このプロジェクトは、中札内村のスローガンである『花と緑とアートの村』を推進することを目的に、北の大地ビエンナーレの作品の活用、花のイベントや観光施設と連携しながら音楽事業を行い、中札内村らしさをさらに高めてファンを増やすことを目指しています」
インタビュー時は、道内に新型コロナウィルス感染拡大防止のための緊急事態措置がとられている状況であったが、予定されていたイベントの中止や延期がありながらも、ハーモニーホールのほか、「道の駅なかさつない」の屋外会場での木管五重奏のコンサートなどを開催できているとのことであった。上田氏の穏やかで明瞭な語り口からは、プロジェクトに対する真摯な思いが伺える。
同プロジェクトでは、アーティストを招聘してコンサートを主催する他、YouTubeを通じてのコンサート動画配信やSNSの活用により、村外に向けても積極的に情報発信を行なっている。
名前すら知らなかったファツィオリを選定
音楽プロジェクトを実施しているという背景があるとはいえ、教育委員会を中心に数あるメーカーからファツィオリを選定するに至った過程に興味を持ち、その経緯を尋ねてみた。
「なかさつ音まちプロジェクトの中心となるハーモニーホール創立時からのセミコンサートグランドピアノが20年を経過したタイミングで、ホールの大きさにあったフルコンサートグランドピアノの導入を検討することになりました。ふるさと納税によるご支援もあり、少し高額でも購入できるのではないかということも背景にありました。当初は、担当者をはじめ皆、名前も知らない、知名度も低かったファツィオリを購入することになるとは思ってもいませんでした」と朗らかに笑う上田氏。
「全ての国内・海外メーカーから情報収集するところから始め、ホールに合った響き、使いやすさ、話題・注目度の3点から検討を進め、数名のピアニストからの意見を参考にして、最終的にファツィオリに決まりました。ファツィオリの品質については、ピアニストからの意見を聞いて全く心配していませんでしたが、実は調律の面での心配がありました」
地域の調律師たちが、ファツィオリに触ったことはもちろん実物を見たことがないとなれば当然のことであろう。実際、懸念していた点は導入後どうだったのだろうか。
「調律については、ファツィオリの調律師が保守・点検に来てくれたときに、地元の調律師に作業を見せて研修してもらうこともできますので、現在は全く心配していません。また、予算のこともあり、頻度高く調律を行うことが難しいのですが、当ホールのF278は三層響板を備えているタイプのためか、音の狂いが少ないと言う声も聞いています」
ハーモニーホールが所有するF278は、共に特許技術である三層響板とコンサートグランドアクションを備えた特別仕様で制作されている。
「ファツィオリの音色の素晴らしさは、口コミで広がってきています。道内の方からは、コンクール出願用の撮影希望など多数の貸し出し依頼が来ていますし、東京からのピアニストの方も、東京でもファツィオリを弾く機会がなかなか無いと喜んでいただいています。ファツィオリが理由でハーモニーホールで弾こうと思う気持ちは皆さん必ずあると思います。演奏者からは、音色が素晴らしい、音は繊細だが弾きやすいと感想をいただいています」
さらに、少し照れながらも上田氏自身がピアノに触れた感想を教えてくれた。
「私はそんなに弾けないのですが・・・、グランドピアノは、グッと押さないと音が出ないイメージがありましたが、ファツィオリは軽いタッチでもすぐ音がでるので繊細な表現ができるのがわかります。それに、ピアノ自体がとても美しいです。木目の艶やかさや細部の丁寧な造りはパンフレットや写真では分かりにくいですが、本物のアート作品だと思います」
学習の一環で取材に来た中学生にピアノに触らせてみたら下に潜り込んだ子がいて、底部がきれいですごいと驚いていたエピソードや、村民に限らず試弾会を開催していることなどを楽しげに語る上田氏。その様子からは、教育委員会として多くに人にピアノに触れる機会を提供したいという強い思いが感じられ、「なかさつ音まちプロジェクト」は村外からの人の流れを生み出すものであると同時に村民に向けた生涯教育の一つでもあるということを改めて認識させられた。
自治体主導のアート活動の課題
順調に見える中札内村の取り組みだが、自治体がアート活動を行う難しさはあるのだろうか?
「アートの取り組みは人の心に響くものなので、予算をかけたら結果が出るわけでもないという難しさがあります。ただ、私たちは、その素晴らしさは理解しているので、工夫を重ねながら村民に対して、また世界に向けても情報発信していきたいと思っています」
「村民の間でファツィオリの認知は上がっています。特に子供たちは、低学年から中高生までとても音のいい素晴らしいピアノがあるということを認識しています。これからは、音楽と縁の薄い方にも、生涯学習の取り組みを通じてピアノや音楽の素晴らしさを知ってもらいたいと思っています。音楽は魂の薬とも言われていて長寿にもつながります。村民にはアートを身近に感じて心豊かに穏やかな生活を送って欲しいと願っています」
また、中札内村の経験から同様な取り組みを考える地方自治体へのアドバイスとして次のように話してくれた。
「私たちの経験からですが、地域内の理解者・協力者を広げていくことが大事だと思います。また、自分たちたけで実施するとなると困難な点も多いので、外部の企業や学術機関と連携することが大事だと改めて感じています。施設設備の点では、建設・導入時から数十年後を見越しての判断が必要です。その時は良くても、将来に渡って維持・修繕ができるのか、費用的負担がどの程度かを見越した判断が必要とされます」
個性豊かな取り組みで村外からの人の流れを作り出し、さらに子供から高齢者まで村民への教育機会の提供に積極的に取り組む中札内村。今後の活動に注目していきたい。
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