ショパンコンクールへの道 (5)

工場の人々の中にはファツィオリ創業当初から働く人が現在パオロを含め4人います。
創業当初は6人という小さな小さなピアノ工房でした。その中の2人は既に亡くなり、残る3人はパオロと共に現在のファツィオリを築き、これまでのファツィオリの変遷を昨日の事の様に話をしてくれます。そんな人達ですから、パオロの気質や性格もとてもよく理解し、帰り際に私が聞いた意味深な言葉もそんな人達故に、分かっていた事なのだと思います。つい先日また電話で「これこそショパンのピアノ、ワルシャワへはこのピアノと先日選んだピアノを持って行く」と。「また来週来なくてはいけなくなるかもよ」とは既にこの事態を予想していたのでしょう。30年もの間、パオロの「最高のピアノを造る」という情熱にずっと向き合って来た訳ですからね。パオロを支えるこんな人達もまた、私がファツィオリに惹かれる理由の一つです。これでショパンコンクールのピアノが決定しました。私がワルシャワへ到着次第、その"これこそ"というピアノと向き合わなければなりません。どんな凄いピアノなのか今からとてもワクワクしています。今回のブログではショパンコンクールへのパオロの情熱、その情熱に向き合う工場の人々の様子などを少しではありますがご紹介することが出来ました。まだまだファツィオリを知る方々も少ないかも知れません。ましてやコンクールのピアノ選びでは、触れてもくれない参加者の方も目の当たりにしてきました。しかしショパンコンクールに参加されるピアニストの方々に、ぜひそんな想いの詰まったピアノを試して頂ける事を願って止みません。いよいよ来週から私のワルシャワでの活動が始まります。それではいざワルシャワへ!(つづく・・・)

PAGETOP
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: